教育をいろんな切り口から伝えていきます。

いじめがない教育はできるか

現代の中学・高校の教育現場においては、いじめが蔓延しています。
最近の出来事としては滋賀のいじめ殺人事件です。
滋賀の例においては、複数の男子生徒が同級生の生徒1人に対してすずめの死骸を口にいれる、金品を盗む、テープで体を縛り付けるなど卑劣きわまりないものでした。
これが話題になったのは、いじめの卑劣さが甚だしいというのもありますが、もう1つ大きな理由があります。
それは教育委員会の隠蔽体質で、世の中に議論を巻き起こしました。
クラス担任はいじめの報告を受けていたにもかかわらず、それを見て見ぬ振りをしていました。
教育委員会も事件を大きくさせまいと発言を2転3転させました。
教育する側の立場である人間が悪い教育を与えると、子どももそれに影響を受けて悪い子に成長してしまいます。
この例では、教育する側がいじめをなくそうという意思は薄いといえます。
教育する側がいじめを無くしたい、絶対いじめを無くしてみせるという意思が強いと仮定して、この文章の本論である「いじめがない教育はできるか」という話題に移りましょう。
そもそもいじめとは何かを考えたときに、いじめとは醜いものだとわかります。
1人の生徒が1人の生徒に対して悪さをしている、これはいじめではなくて喧嘩です。
いじめとは1人の生徒に対して多数の生徒が悪さをしている状況です。
いじめを受けている1人の生徒には抵抗する力がとても小さくなってしまいます。
なぜいじめが起きるのかというと、それは多数の生徒同士で喧嘩が起こるのを未然に防ぐためだと言われています。
1人のターゲットをつくって、その生徒に日頃のストレスをぶつける。
これによって、多数の生徒は自分がターゲットになることを防いでいるのです。
こういった理由から、心理学上はいじめをなくす事は基本的にはできないでしょう。
では、教育でいじめの影響を少なくするにはどうすればいいか。
それは、いじめられている子の話をできるだけ聞いてあげる事です、場合によっては学校を変えるのも良いでしょう、これが最善策といえます。